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江差線乗車券
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新五千円札
目の不自由な人が識別しやすくなるように改良を加えた新しい五千円札が今日から発行されることになりました。具体的には偽造防止のために付けられた表面左下のホログラムを覆う透明のシールの形状を楕円形から四角形に変更し、面積が1.7倍に拡大され、手触りで五千円札だと分かりやすいようになっています。
新しい五千円札の発行を前に8日、東京・北区にある国立印刷局の東京工場で記念式典が開かれ、関係者に新しい五千円札が20枚印刷された大判が披露されたほか、シールの付いたホログラムを貼り付ける作業などが映像で紹介されました。
式典に出席した日本盲人会連合の鈴木孝幸副会長は「これまで五千円札は触っても分かりづらいので手元に置きたくないという人もいた。今回、ホログラムのシールが広くなりよくなったと思います」と話していました。
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エラー紙幣
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江差線 渡島鶴岡駅
江差線 営業㌔ 83.3km 全線開通 昭和11年11月1日 一部廃止 平成26年5月11日
函館-五稜郭-七重浜-久根別-清川口-上磯-茂辺地-渡島当別-釜谷-泉沢-札苅-木古内-渡島鶴岡-吉堀-神明-湯ノ岱-宮越-桂岡-中須田-上ノ国-江差
渡島鶴岡駅 昭和39年12月30日開業。
明治8年に庄内藩士が入植して開拓した土地で、庄内の鶴岡にちなんで呼んでいた地名に渡島を付けて区別したのが由来。
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昨日は臨時特集だったので、ブログの企画を入れ替えました。これからまだupしていない江差線の廃止駅を紹介していきます。
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江差線 吉堀駅
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江差線 湯ノ岱駅
江差線 営業㌔ 83.3km 全線開通 昭和11年11月1日 一部廃止 平成26年5月11日
函館-五稜郭-七重浜-久根別-清川口-上磯-茂辺地-渡島当別-釜谷-泉沢-札苅-木古内-渡島鶴岡-吉堀-神明-湯ノ岱-宮越-桂岡-中須田-上ノ国-江差
湯ノ岱駅 昭和10年12月10日開業。平成元年12月25日に駅舎改築
駅のすぐそばの丘陵から湧き出る鉱泉より由来。
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江差線 桂岡駅
江差線 営業㌔ 83.3km 全線開通 昭和11年11月1日 一部廃止 平成26年5月11日
函館-五稜郭-七重浜-久根別-清川口-上磯-茂辺地-渡島当別-釜谷-泉沢-札苅-木古内-渡島鶴岡-吉堀-神明-湯ノ岱-宮越-桂岡-中須田-上ノ国-江差
桂岡駅 昭和32年1月25日開業。
当駅の北西約400mの地点には樹齢500年を越えると見られる桂の大木があった。かつてこの地域が大洪水に見舞われた際、不思議なことに洪水の気を感じて難を逃れたことから、住民はこれを神木としてあがめるようになった。「桂岡」という地名は、この大木にちなんで名付けられたもの。
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柿生→弘前1
4/26(土) 一日目
今日は一旦、弘前に帰省して夜桜見物をする日。柿生発の列車には無事乗れたものの、あまり外に出ていなかったからか腹が重くなって我慢出来ずに新百合で用を足した
一昨日もし御一緒出来ればいいなと思い、メールで同行のお願いをしたM氏にGW前の予定をお尋ねしたところ、月曜日は有給で休み函館に行く予定だったとのこと。弘前の実家にお泊めしますので、ついでに弘前城の桜も見ませんか?と提案したところ本人も乗り気で急遽同行していただけることになった。最終目的地の函館ではレンタカーを借りて、まだ行っていない海岸線を制覇する予定とのこと。連絡をした当日にお互い宿の手配とレンタカーの手配と昼行バスの手配を済ませた。
上野着を早めに設定していたので、列車が一本遅れただけで上野発の弘南バススカイ号は間に合った。都心の大渋滞を抜けてバスは高速道路に入った。しかしバスは、中々進まない。すると控えの運転手が「本日、東北道で事故があった模様です。これから迂回して常磐道に入り、友部SAで休憩します。」とのアナウンスがあった。いつも佐野SAで昼食休憩を取っているのだが、凄く早い情報と機転の良さに舌を巻いた
昼行バスの良いところは、車窓を堪能できること。見慣れた東北道ではなく、常磐道の車窓を眺められたのは良かった。やがて友部SAに着いた。トイレが近い体質なので、先に用を足してから寝ぼけた顔を洗ってM氏と昼食を取った。昼食後、SAの土産物屋を物色した。さすがに茨城県だけあって納豆を加工した土産物が多かった。前は納豆巻きを自分で作って食べるほど納豆が好きだったのだが、最近はなぜか作らない。細かい引き割り納豆が手に入らないからだ。特に何も買わず、友部SAを後にした。
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柿生→弘前2
4/26(土) 一日目
常磐道をまっすぐ行くと、いわきを過ぎた辺りで行き止まりとなる。いわきから郡山に抜けて東北道に入った。うたた寝をしていた頃、国見SAに着いた。国見SAは宮城県と福島県の県境にあり、上り線と下り線の店舗経営者が違う。経営者が違うのは帰りの線で分かったが…下り線の国見SAには、とても美味い桃ジュースがあるのを知っていたので迷わず2本購入。1本は桃ドラ焼きと一緒に車内で食べた。もう一本は大事に取っておいた。
この美味い桃ジュースは「桃の恵み」桃ジュース【送料無料】JA伊達みらい果汁100%ももジュースでも入手可能。国見SAでは、1本158円(税抜)で売られていた。ジュースにしてはやたらと高いが、値段に見合う味なので仕方がない。福島県伊達市にある地元JA伊達がプロデュースする桃の恵み。桃の果汁100%のストレートジュースが歌い文句だ。いつも国見SAには行けないので、楽天ポイントが溜まったら買うかもしれない。
口の中の桃の残り香がなくなった頃、宮城県境を通過。満足感と眠気が襲い、うたた寝をしていたところでバスは紫波SAに着いた。眠気が残るなか、まず用を足して売店に行った。いつもならゴマスリ団子を買うのだが現金の余裕がないので、買わずにスルーした。さすがに岩手まで来ると空気がヒンヤリするし日没が近くなっていた。早めに座席についてバスは弘前に向かう。
夕暮れの車窓を眺めながら、バスは我が故郷の弘前に近づいていた。弘前に着いて以降の予定を立てながら、やがてバスは弘前バスターミナルに着いた。弘前バスターミナルは弘前駅前のイトーヨーカドーの裏にあるのだが、そこの向かいにあるマクドナルドがローソンに変わっていた。いつもなら親との車での待ち合わせ場所で使っていたのだが、弘前ねぷたまつりで帰省した頃にはどこで待っていようか?そんなことを考えてしまった。
今日は親の都合に関係なく、自力で弘前公園の夜桜を見る予定だったので100円バスに乗って弘前市役所前にある追手門から弘前公園に入ろうとした。しかし明日使う函館フリー乗車券を先に買ってからと言うM氏の提案で切符を確保してから100円バスに乗ろうとしたところ、運悪くバスは出て行ってしまった後だった。仕方がないので、駅構内のそば屋でえび天そばを食べた。
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柿生→弘前3
何とか減っていた腹も満たされたので、早めに100円バスの停留所に行く。既に待っていた人々がいたが、席には座れる程度の人数だった。土日は遅くまで100円バスも営業しているが、最終バスの一本前と際どいタイミングだった。
弘前市内のあちこちをクネクネ曲がる複雑なルートを通り、バスは市役所前に着いた。そこから弘前公園メインの入り口である追手門は目の前にある。もうそこから見た景色が素晴らしく、満開なのに堀に桜が散っていなかった。水面に映る夜桜・・・銀塩FILMで撮ったので予算の関係から未だに現像していないが、それはそれは素晴らしい光景だった。
あれほどまで見慣れた風景が今宵は、一段と映えるような夜桜だった。M氏の情報によると、桜の花の集まりがちょうどボンボリの形にまとまっていて近年にない素晴らしさと言うことだった。こんなボンボリの塊のような夜桜は、これまで見たことがない。
弘前公園のルートは頭に入っているので、追手門から辰巳櫓を桜の枝葉越しに撮影した。露店を傍らに見ながら杉の大橋を通って南内門へ入る。追手門から杉の大橋までが三の丸。南内門から天守閣手前の下条橋までが二の丸。天守閣を巡る堀の内側が弘前城の本丸になる。本丸も夜9時から無料開放されるので、南口券売所の手前で待った。その時に携帯で撮ったのが下の写真である。桜が散っていない満開の本丸はとても美しかった。酒に酔っている弘前大学の学生はいなかったが、なぜか早稲田大学の校歌が流れてきた。早大生も弘前に来る時代なのか…東門を出て外堀の夜桜を撮影しながら実家に帰った。
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弘前→函館1
今朝はM氏と共に早起きして親の車を借りて弘前公園をぐるっと回った。外堀の咲き具合を確かめるとともに安い駐車場を探していたのだ。ちょうど公園北西側にある一陽橋近くの一方通行に2時間500円の看板が見えたので、そこに車を止めた。
そこから歩いて弘前公園東北側の角に当たる亀甲町から岩木山を撮ったのが下の写真となる。この時点でAM6:40だった。そこから桜のトンネルを通って以前、何回か展示した春陽橋から眺めた西堀の桜を撮った。それから西口券売所を通って本丸に入ろうとしたのだが、朝7時を過ぎた時点で本丸には入れないと言う。事前のリサーチ不足を悔やんだ。亀甲町から岩木山を撮ってすぐに本丸へ入れば良かったのだ。300円払って入る気も起らなかったので、改めて桜のトンネル付近をくまなく歩いた。
その後、露天商が密集する四の丸を歩いて一陽橋近くの駐車場に戻った。弘前には贔屓にしている床屋があるので、そこで髪を切ってもらった。M氏には近くのコンビニで待ってもらった。このブログでは初告白なのだが、その床屋には毎年これまで撮影した写真をワイド四切にして展示していただいている。現在は、昨年撮った弘前ねぷたまつりの写真を展示していただいている。なぜかM氏も展示しているねぷたの写真を撮影していた。
床屋の主人が修行している時代は柿生に住んでいたので、そこでも共通の話題があった。M氏にも紹介して意外にも小田急沿線の話で盛り上がった。床屋を後にして、実家の駐車場から親に電話をして運転を交代した。親は別の用事で車を使いたかったが、こちらが時間を勘違いして少し待たせてしまった。
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弘前→函館2
昨夜の夜桜撮影でかなり銀塩FILMを使ってしまったので、親に無理を言ってカメラ屋までFILMを調達しに行った。まだ高性能のデジタルカメラを持っていないので、調達するのは仕方がない。桜や鉄道も日食の写真も銀塩FILMの滑らかさには叶わないと思っているので、これからも銀塩FILMを使い続けるだろう。
追手門で車から降ろしてもらい、弘前市役所屋上から追手門を眺めた。連日のポカポカ陽気で遂に桜の花びらが外堀に落ちてしまった。桜の花びらがひとひら落ちると、それは加速度的に増してきた。あっという間に堀の角は、桜の花びらで覆われてしまった。それに気が取られてしまったのか、ブログでも紹介した弘前市長公舎に行くことをすっかり失念してしまった。無料で入館できる唯一のチャンスだったのに…
だいぶ経ってから弘前市長公舎の件は思い出していたので、もうあとの祭りだ。旧第五十九銀行(現在の青森銀行弘前支店)で貨幣の無料展示をしていたのを見かけたので、M氏と共に出かけた。既に何度も入っているので、一階の展示だけを見てホールの脇で休んでいた。E日本銀行券が見られると思っていたのだが、D券までしか展示していなかった。
朝からだいぶ歩いたので小腹も減り、甘いモノが食べたくなった。弘前を出発するまで時間があるので、歩いてすぐの川越黄金焼を食べに行った。この店で唯一出している商品が黄金焼で中身は白あんが入っている。弘前市民なら食べた人がいないほどの人気だ。それを同行しているM氏と店内で食べた。最低4つは食べたかったのだが、M氏が二人分だと勘違いしてしまった。
こちらの流儀を伝えていない方が悪いのだが…店内に置いてあった新聞を読みながら黄金焼を完食した。巷では消費税が8%になったばかりだが、黄金焼は1個50円のままだった。親によると、弘前市内でも価格を据え置いている店は多いそうだ。店内で食べるとお茶まで付いてくるので、のんびりしたい方にはお勧めだ。その後、100円バスで弘前駅まで乗った。
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弘前→函館3
弘前駅に着いて昼食を取った後、列車に乗った。出発間際に乗ったので、青森駅に着くまで座れないままだった。青森駅も蟹田駅も待ち時間が少ない予定を組んだので、ホームで列車が来るのを待つだけで良かった。鈍行が運行されない蟹田~木古内間は特急白鳥に乗れた。函館フリー乗車券は、青春18きっぷと似たような位置づけである。木古内から真っ直ぐ江差まで向かった。木古内と江差でしか発売されていない記念乗車券を買うために行ったのだが、江差では営業時間が19時で終わりとのことで買えるワケがなかった。明日にリベンジする。
帰りの木古内駅は江差から直行なので、函館で江差線の記念入場券を調達。窓口の脇に江差線フリーパスの赤券があったので、撮影だけしても良いですか?と許可を得て撮影したのが下の写真である。その後、予約しておいた今夜の宿を探しに駅を後にした。ホテルを一件間違えたものの、フロントに居た娘の対応が良かったので上機嫌で予約していたホテルに入った。
荷物を置いてから夕食を食べに二人で出かけたが、喫茶店は閉まってしまうしホテル脇の店でいいやと思いそのまま入った。一見居酒屋のような食堂だが、クジラの生姜焼きや北海道民御用達のザンギが置いていたりして昭和末期を札幌で過ごしたオラの琴線に響いた店だった。でも最初のお通しにお金が掛かることは知らなかったので、事前に店の人が伝えるべきだった。
ホテルに戻りPC貸し出しがあるので聞くと、一回借りるのに1000円する。速攻お断りして入浴後、フロントのロビー奥にあったPCで用事を済ませる。このPCはXPのままだった。大丈夫?
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函館→弘前1
連日早朝に行動する予定が続いたので、夜型の生活習慣がすぐに変わるワケもなく日中もボーッとした日々を過ごしていた。朝5時半にモーニングコール、朝6時にロビーに集まり函館朝市で朝食のホッケをいただく。その後、文字通り朝市に行ってM氏は土産物を買いに、こちらは朝市のイカ釣りショーを見ていた。一回600円で釣堀で泳いでいるイカを釣り、その場で加工して食べるシステムだ。見ているだけで良かったので、その様子はビデオに収めた。まだビデオ編集の準備が整わないので映像は割愛する。釣り上げられた瞬間に水を勢いよく吐出する生きのいいイカだった。
M氏の予定は近くのレンタカー店で車を借り、まだコンプリートしていない海岸線を制覇するとのこと。海岸線の先がつながってから行こうとしたが、いつまで経ってもつながらないので今回遠征する予定となった。木古内までは御一緒なので、同乗させていただいた。途中M氏が運転の際に安全ピンが無いとシートベルトがきつく締めるので普段は常備しているが、それを忘れたとのことで急遽レンタカー屋近くのコンビニに立ち寄る。購入を済ませたM氏が駐車場内から出ようと前の車に続いて待っていたところ、突然ボカンと音がした。何だろう?
後ろを振り返ると、車の後部同士がぶつかっていた。こちらは完全に停車していたので、ぶつかった相手の100%過失だ。M氏は携帯を持っていなかったので、自分の携帯を貸してレンタカー店と警察に連絡。手続き自体は1時間もしないうちに終わったが、ぶつけた相手が「初めての事故で…」と言う看護師のオナゴちゃん。何となくノホホンとした印象。結構時間をロスした。
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函館→弘前2
函館から延びる海岸線は美しかった。朝の事故も忘れそうなくらいに・・・ほどなく木古内駅に着いた。ここでM氏と別れ、木古内駅内部を色々と撮影した。90分ほど待ち時間があったので、木古内駅でしか購入出来ない江差線記念乗車券を購入。その時に下の江差行きの表示板も撮影したが、ちょうど表示板の業者が来ていて二段目の湯ノ岱・上ノ国・江差方面の文字を削るために脚立に上りメジャーを出して測っていた。ここにも廃線の準備が着々と進んでいた。今から思えば90分を待っているだけでなく、渡島鶴岡駅や吉岡駅など撮影しに行けば良かった。
本来の予定なら湯ノ岱駅舎を改札口を出て正面から撮影したあと、湯ノ岱温泉に行って駅舎巡りをするはずだった。しかし自らのんびりした予定を組んでしまったため、江差駅で廃線記念乗車券を買ってとんぼ返りしただけだった。昨日のうちに一度江差線を往復していたので、駅名標などは撮影済で10年前にも訪問したことがあるので特に江差線に対しての執着もなかった。
それでも今から本来の予定を立てて実行していればと悔やむこともある。最初の予定では湯ノ岱温泉で天ノ川駅の通過証明書や関連する切符など買える機会があったのに、情報収集不足で湯ノ岱駅で下車しなかったのは失敗だった。予定通り、木古内から蟹田経由で弘前に戻った。実家に電話すると親は休みでこれから知人と飲みに行くところだと言う。そこまでの往復する運転手を買って出る代わりに、弘前駅まで迎えに来てもらうようお願いする。その足で親を飲み会に連れて行き、自分は実家で荷物の整理をした。
21:30にM氏を弘前駅まで迎えに行き、実家近くの桔梗野温泉に行くため真っ直ぐ向かった。しかし22時で営業を終了すると言う。22時までに入れば入浴は可能ではないか?と聞くと、22時にバイトが来て風呂場の掃除を始めるとのこと。たった10分しか入浴する時間が無いので、今回は諦めて実家のシャワーを浴びた。M氏と共に車窓から江差線沿線風景を撮影したビデオを見ながら過ごした。寝る前に親を迎えに行き、実家に戻って寝たzzz
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弘前→柿生
弘前の桜は咲き残っていた。もう朝から桜を見る気力や体力も残っていなかったので、遅く起きた。今日は祝日なので、親も休み。弘前バスターミナルまで送ってもらった。本当はもう一日実家でのんびりして先日行かれなかった弘前市長公舎など見学したかったが、予定通り弘南バス・スカイ号に乗った。
バスが南下するたびに段々と暑さを感じてしまう。行きほど眠気は感じなかったが、四日間の旅もあっという間だった。元々弘前の人間なので仕事があれば田舎に住んでいたが、求人倍率が沖縄に次いでワースト2位なので柿生に住み続けるのも仕方がない。柿生も川崎市の中では相当な田舎で、本屋とDoCoMoショップが近くに無い。でも大都会が近いので、2009年9月から拠点に住み続けている。またねぷたの時期になれば、暇を見つけて帰省するのだろう。
M氏曰く弘前の印象が良かったので、ねぷたの時期も御一緒しませんか?と聞いたところ、土日で夜の祭りを見て夜行バスで帰るなら月曜日に休まないと身体が持たないとのことで上手く休めたら同行をお願いする予定。昨年は土曜日に弘前ねぷたを見て、日曜日に青森ねぶたを見てから夜行バスに乗ってそのまま職場に直行したが、大渋滞で30分ほど遅刻してしまった。
そんなことを考えながらバスは国見SAに着いた。これは上り線のSAなので、下り線のSAで売っていた桃の恵みは売っていなかった。次回帰省する時は、荷物が重くなっても下り線のSAで売っている桃の恵みを数本買いたいと思う。 〓〓終わり〓〓
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岩泉線押角駅
押角駅は、岩手県宮古市和井内にあった、東日本旅客鉄道(JR東日本)岩泉線の駅。同線の廃線により2014年(平成26年)3月31日限りで廃止となった。
押角駅は、傾いた木製の単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。茂市駅管理の無人駅であった。駅にはベンチや待合室は存在せず、駅舎・屋根もない。
駅附近には押角の集落があったが、現在は養鱒場と近くに自然で育てた鶏の卵を販売する養鶏場の2軒があるのみで、周囲は山である。国道340号に隣接しており、駅があることを示す小さな標識がある。雑草に埋もれた駅前広場の奥に仮設にしか見えない橋と階段があるが、その橋を渡り階段を上って左折し線路脇を50mほど歩くとようやく駅のホームにたどり着く。
前述の通り、橋を渡った先には国道340号があるが、この駅の周辺は押角峠と呼ばれる難所であり、道幅が狭く交通量も少ない。このため、国道と接続している駅とは思えないほどであり、これらのような事情から、この駅は一部の鉄道ファンから全国屈指の秘境駅として扱われていた。橋で駅と国道が結ばれている形だが、この橋は片側(駅側から見て左側)にしか柵がなく、渡る時は注意を要する。
駅は岩泉線の一番標高が高いところに近い。駅から約1.3km北には、同線最長の押角トンネル(2987m)があり、ほぼ全線にわたり勾配やカーブが連続する路線中で、この区間に限って列車は時速70kmを超える速度を出していた。周りは山で囲まれているが、NTTドコモのFOMAプラスエリアのためFOMAが使える。これは、NTTドコモ東北が管内のJR東日本すべての駅でFOMAを使えるようにしたためである。
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岩泉線浅内駅
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岩泉線岩泉駅
岩泉駅は、岩手県下閉伊郡岩泉町中野にあったJR東日本岩泉線の駅で同線の終着駅。岩泉線の廃線により2014年(平成26年)3月31日限りで廃止。
列車本数が極めて少ない岩泉線だが、駅舎は二階建ての大きなものだった。これは駅舎の2階に岩泉町観光協会と岩泉商工会が併設されているため。
ホームは単式ホーム1面1線であった。一見すると島式交換型だが、駅舎側のホームには線路が敷かれていない。計画では線路はここから小本駅(三陸鉄道北リアス線の駅)まで延びる計画であった。
茂市駅管理の簡易委託駅。駅舎の1階に「きっぷうりば」があり岩泉からの切符(常備券)を発売していた。またJRバス東北の早坂高原線で盛岡駅まで出て東北新幹線を利用する人のために、盛岡から仙台、大宮、東京(都区内)までの片道乗車券と新幹線指定席特急券(料金補充券)を発売していた。なお列車が発着するのは朝晩だけであったため、日中は不在時あり。
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