D-8世界では絶対的な能力を持っているモノリオを保持しているだけで、どのような困難も克服できると思われる。だが王家の王族である王妃(りりィ)は要求を口にするだけ、王家の侍従であるアゼガミとスズシロは、それを実現する能力を臣下組織なくしては持たなかった。
江原邸では、D-8世界の移住者が善後策を検討していた。江原は、モノリスの節電で認知症の老人に戻っていた。
典夫「昨夜、最初のレイバーに移植したアステロイドが死にました。アステロイドを埋め込んだ他のレイバー達もいずれは・・・」
江原「(アゼガミへ)おいおい、勝手に俺の酒なんか飲むんじゃないよ。俺の大事な芋焼酎なんだから」
アゼガミ「アステロイドはあと、どの位残っている?」
典夫「ストックはもうありません。」
アゼガミ「モノリスは」
典夫「240ギガクラークです」
アゼガミ「ギガ…テラではなくギガ。ゾーン1回を開くのに掛かる容量は?」
典夫「100ギガです」
アゼガミ「僅か2回…」
スズシロ「こんな状態ではもう…」
王妃「モノリスを、この世界で作ることは出来ないのか? モノリスが出来れば、DRSを姫にも使えるのであろう?」
スズシロ「王妃様、それは、モノリスの知恵をこの地に宿すという意味でしょうか?」
王妃「やむを得ん。アスカは、我々の、唯一の希望。黙って死なせるわけにはいかぬわ。」
スズシロ「失礼ながら、聞き捨てならないご発言です。」
アゼガミ「スズシロ。」
スズシロ「正気の沙汰とは思えない。モノリスのせいで、D-8世界は滅んだのです。探査船コロンブスがモノリスを発掘しなければ、我々は次元旅行も出来なかったし、プロメテウスも誕生しなかったのです。」
アゼガミ「スズシロ!」
王妃「何を図に乗っておる! こんな状況ゆえ、そなたはそこにおられるが、本来なら、すぐさま護衛隊に取り押さえられて、その場で銃殺だ!」
正三「やめろ。喧嘩はやめろ。俺んちで喧嘩すんな。俺んちで喧嘩やめろ。」
スズシロを扇子で叩こうとする王妃にアゼガミが抵抗する。
スズシロ「アゼガミ様!」
アゼガミ「図に乗るなとはお前のことだ、王妃。生き残ったわずかこの人数で我々に何ができるのだ? 我々はあのプロメテウスの火を見ながらここまで逃げてきたのだ。DRSはお前の遺伝子をことごとく修復した。あと100年でも生きられるだろう。だが姫も、俺達も、せいぜいもってあとひと月の命だ。見知らぬ世界で人知れず、もう死んでいくことしか出来んのだ。」「クソッ! こんなガラクタばかりを運ばせやがって。トランク2つ分のモノリスを運び込めたら、DRSで20人の遺伝子回復手術が出来たのだ!うぉ~っ! うぉ~っ!」
王妃「モノリオ。あの者を取り押さえよ!人間は、最後はこれだから浅ましい。我ら王家は、2000年も続く家柄。聖書の時代からあるのだ。そなたらにとって、我らは、神だ!」
アゼガミ「何が神だ。誰もが知っておるぞ!モノリスで王をコントロールし、国を我が物とした女ギツネめ! あんたが王に取り入るために雇ったスパイを覚えているか? そのスパイは王を追い詰め陥れ、卑しき娼婦を王妃に据えた! そのスパイは出世して大臣にまで上り詰めた。我が父だ。くだらない! 見事なくらい何もかもがくだらない!」
王妃「人間は、こうも脆いものなのか。正気なのはモノリオ、そなただけだ。」
スズシロ「モノリオには、意思も感情もないのですから。あなたが望む国の民達がそのようなものでいいなら、私はそんな国、絶対に認めない!」
アゼガミ「こんなババアに貴重なモノリスをあらかた使っちまったな。もうダメだ。俺たちはおしまいだ。」
典夫「皆さん、落ち着きましょう。我々がここで口論していてもらちが明かない。」
スズシロ「むかつくロボットね。」
アゼガミ「行こう、スズシロ。」
スズシロ「行こうって、どこに?」
アゼガミ「宿に泊まり、酒を買うくらいの金はある。モノリオ。そなたは生涯この王家を守って生きよ。おっと…生きてはいないな。お前は生き物じゃない。海の水さえあればいつまででも動いていられるマグネシウムロボットだ。人類が滅んでも、こいつらだけはずっと動き回ってるのだ。気味が悪い。」
場面が変わり、学校の廊下でアステロイド使用によりすっかり人格が変わってしまった冴木と、それでも一緒に行動を共にする咲和子が典夫に声をかけた。
冴木「やあ!この間は悪いことをしたね。謝っても謝り足りないけど、謝れる限りは謝るよ。本当にごめんなさい。」
咲和子「やめろよ、こんなところで」
冴木「君にも悪いことをしたよ。謝っても謝り足りないけど、謝れる限りは謝るよ。本当にごめんなさい。」
吹奏楽部で部活中の香川みどり(桜井美南)は、モノリオの姿を認めて胸をときめかせる。
しかし、アスカはモノリオに席を外させるのだった。
みどり「あなたと彼は従兄妹同志だと言うけれど、凄く仲がいいのね」
アスカ「あの者は私を子供扱いするのじゃ。道具としては遊びが不足しておる」
みどり「道具・・・?」
アスカ「典夫は私の道具だ。いつもそばにいて、私を守ることが彼の使命だ。」
みどり「道具? 何かすごい関係ね。あなたたち…。」
アスカ「そなたと広一はどういう関係なのだ?」
みどり「えっ? ムー君と私?」
アスカ「そなたらも仲がよいではないか。」
みどり「まぁ、幼なじみってやつかな。親も仲がよかったから。しょっちゅうお互いの家に泊まりに行ったりしてたしね。小さいころは、一緒にお風呂とかも入ったことあったな。」
アスカ「風呂か。私も典夫と風呂に入る。」
みどり「えっ…風呂に入る?今は違うでしょ?」
アスカ「いや、今もだ。今朝も彼に、体を洗ってもらったが。」
みどり「えっ!?」
アスカ「突然なにごとだ?」
みどり「えっ、体を洗ってもらったの?」
アスカ「驚くにはあたらない。彼は私の道具なのだから。」
みどり「関係が大人すぎる。あり得ない。」
アスカ「みどりと広一は、付き合っているのか?」
みどり「幼なじみだから、恋愛には発展しないの。」
アスカ「ならば、広一を私の許嫁としてもらってもいいのだな?」
みどり「ちょちょ…何何? 今何て?」
アスカ「広一を私の夫にどうかと考えている。」
みどり「だって、あなたと彼、会ったばっかりでしょ?」
アスカ「会ったばっかりだ。それがどうした?」
みどり「まあ、何にせよ、ムー君と私は付き合ってるわけでも何でもないから。」
アスカ「そなたは学校は、友だちを作る場所だと言った。あの言葉が気になっていた。もしかしたら私は、そなたと友達というものになりたいのかもしれないな。」
みどり「えっ?」
アスカ「明日は祝日であったな?」
みどり「そうね。」
アスカ「皆と一緒に遊びに行かぬか? うちのワガママな祖母が、外に出たがっておる。」
みどり「えっ、おばあちゃんって、ご病気じゃなかったの?」
アスカ「だいぶ良くなった。」
帰り道、花屋でみどりから花を贈られたアスカは御満悦だった。
アスカ「友情の証じゃな」
典夫「アスカ様、ご機嫌麗しゅうございますね」
アスカ「うむ、妾は幸福を感じている・・・」
モノリオは、奉仕者としての擬似的な喜びを感じた。
スズシロが不在のために髪をモノリオにまかせたアスカは、障害による脱毛を感じる。
アスカ「スズシロの方が上手じゃな・・・モノリオの応用力にも限度があるか」
典夫「精進いたします」
アスカ「それより、明日のことを広一に交渉してまいれ」
典夫「承知しました」
モノリオは、広一に祝日の散歩への同行を求めた。
「アスカちゃんも一緒に?」と一応確認する広一だった。
広一にとってそれは、ダブルデートだったからである。
D12世界の穏やかな祝日。王妃を車椅子に乗せて一行は公園に向かう。
みどり「皆さん、紫外線に弱いのね。山沢君は平気なの?」
アスカ「こやつは、宇宙空間で太陽フレアを浴びても平気だ。」
みどり「太陽フレア?」
広一「太陽フレアは太陽の爆発で、宇宙空間で宇宙飛行士が浴びると死んでしまうこともあるんだ。」
みどり「そうなんだ。」
アスカは、みどりにだけ聴こえる声で耳打ちした。
アスカ「そなたに1つだけ言っておきたいことがある。」
みどり「いいけど…。1つだけ私もお願いしたいことがある。」
アスカ「何だ?」
みどり「そのそなたっていう言い方、やめにしない?」
アスカ「では、みどりと呼べばいいのか?」
みどり「うん。私の名前覚えてたんだね。」
アスカ「覚えておるわ。」
みどり「フフッ…ごめんなさい。1つだけ言っておきたいことって?」
アスカ「典夫を好きになってはならない。」
みどり「えっ? 私、別にそんな…。」
アスカ「隠さなくてもよい。顔に書いてある。それで幼なじみとの関係にもヒビが入ったというところか。」
みどり「なんか、案外よく見てるのね。」
アスカ「人の心のあやを読み取れなくては、生きていけぬ立場ゆえにな。」
アスカは、シャボン玉に興じる母子連れを目に留める。
アスカ「あれは何だ?」
みどり「シャボン玉。やったことないの?」
アスカ「ない。」
アスカ「おお。たくさんの玉が出ておる。」
広一「九条さんて物知りなのに、変なとこ知らないよね。」
アスカ「そんなに有名なものなのか?やってみたい!」
広一「売店に売ってたかな? ちょっと買ってくるよ。」
アスカ「なぜだ?」
みどり「やさしく吹くの。思いきり吹いちゃダメ。」
アスカ「やさしく?」
アスカ「あっ!」
みどり「フフフッ…。」
アスカ「なぜ笑っておる?」
みどり「だって、真剣に見てたから。」
アスカ「不思議なものだ。広一もみどりもどんどん作れ。」
みどり「山沢君は? やらないの?」
アスカ「無理だ。こいつは呼吸ができぬ。」
広一「呼吸ができない? いくら山沢が変わっててもさ、呼吸ができないんじゃこいつロボットかよ?」
アスカ「そうだが? 言ってなかったか? こいつはロボットだ。正式名称はサイファ・バージョン3.2。マグネシウムを動力源にしたヒューマノイドだ。」
みどり「アスカさん。絶対SF研究会に入って正解!」
アスカ「何でそんなに笑うのだ?」
♪風が吹いてる
空が笑ってる もう少し歩こうよ
♪丘の向こうまで 歌が聴こえる
一緒に歌おうよ
君の後ろを歩きながら
♪君の背中を 追いかけながら
同じような日は 幾度でもあるけど
その日というのは 一つしかない
当たり前に過ぎた 気にもせず生きた
思い出すと 涙溢れてくる
君の笑顔に 救われながら
風が吹いてる 空が笑ってる
「風が吹いてる」(ヘクとパスカル)
その頃、さすらいの侍従たちはD12世界のアイデンティカと遭遇していた。
D12世界のアゼガミとスズシロは、仲の良い夫婦だった。
アゼガミ「驚いたな。この世界じゃ、私とそなたが夫婦だとは…。」
スズシロ「想像したこともありませんでした。」
アゼガミ「私もだ。」
スズシロ「幸せそうでした。」
のどかな昼下がり・・・暗殺者は間隙をぬって王妃に接近した。
ハーデス「いい天気ですねえ。」
王妃「そうですねえ。」
ハーデス「お孫さんですか?」
王妃「ええ。」
ハーデス「いい天気だ。」
王妃「イッツ ア ビューティフルデイねえ。」
ハーデス「さっきそこの金物屋で包丁を買いまして。うまく切れるかなあ、これが。本来なら、プラズマサーベルで首をはねるのがしきたりですが、この世界にそんな物はございません。ご無礼を、お許し下さい。」
・・・暗殺者は王妃を刺した。
アゼガミとスズシロのアイデンティカには驚かされた。この世界で2人は夫婦で幸せそうだ。その夫婦の対極にいるアゼガミとスズシロの姿が非常に切ない。幸せと不幸せがこの瞬間、同居していた。
単なる道具、ロボットと言われ続ける典夫の存在が妙に痛々しい。無機質な表情の向こうに透明な哀しみが見え隠れするような、本郷奏多の演技に引き込まれる。
前回の予告で王妃が刺される場面が際立っていたのでどこでやるかと思っていたら、番組の一番最後で行われた。刺されることばかり気になって見ていた。
【用語解説】
ゾーン・・・平行世界間を移動する際に入り口/出口となる、時空の裂け目。ゾーンを開くにはモノリスが必要で、一度にかかる容量は100ギガクラーク。異なる世界同士を繋ぐゾーンの設定は非常に難易度が高く、失敗すれば旅行者は消滅する。
サイファ・バージョン3.2・・・マグネシウム電池によって動くヒューマノイドの型のバージョン。典夫は、このバージョンのヒューマノイド。
第十話終わり