夢から目覚めたアスカは、導かれるように別室でパジャマ姿で執筆中の広一の父・亨(高野浩幸)を見つけた。
亨「あれ、起こしちゃった? うるさかったかな?」
アスカ「何、書いてるの?」
亨「宇宙の終わりについて。」
アスカ「宇宙の終わり?」
亨「そう。ビッグバンって知ってる?」
アスカ「うん。」
亨「実は、宇宙の膨張は、どんどん加速しているんだねえ。その宇宙を膨張させている力は、ダークエネルギーと言って、具体的にはそれが何なのか、まだはっきりしていないんだねえ。ビッグバンの形も、昔は、こう球体をイメージしていて。今ではちょうど、きのこのような姿ではないかと考えられるようになったんだねえ。そんな難しい話を、子供達向けに書かなきゃならない。」
アスカ「爆発を球で考えてイメージするのは間違ってないと思う。この世界だけを見るときのこの様な形をしているけど、その世界が無数に連続して、フィボナッチ数列のような規則性で並んでいるとしたらどう? ヒマワリの種のように、隣り合せにみっちり並んだ世界が、押し合いへし合いしながら膨張し続けているとしたら?きのこのように歪んだ姿になるのも説明がつかない?」
亨「パラレルワールドか。君、凄いね!さすが、広一のガールフレンドだけのことはある。」
アスカ「えっ?」
亨「しかし君はまるで世界がそうであると知っているような」
その時、深夜にも関わらずドア・チャイムが鳴る。
亨「なんだろう」
来訪者はモノリオだった。
亨「君は」
典夫「隣の山沢典夫です。広一くんを呼んでもらえますか」
アスカ「ノリオ」
典夫「アスカ、お祖母様が目覚められるのです」
アスカ「そうか」
亨「君たちのお祖母さんの手術は成功したんだね」
典夫「はい」
亨「それはよかった。広一を起こそうか」
典夫「いえ結構です。従妹をお世話いただきありがとうございました」
亨「いやいつでも遊びにきてください。アスカちゃんまた話をしようね」
アスカ「お世話になりました」
典夫「ではこれで」
二人が去った時、起き出した妻の君子(濱田マリ)と亨は顔を見合わす。その時、広一が寝言を漏らす。
広一「あすか」
君子「まあ」
広一「みどり」
君子「どんな夢を見ているのかしらね」
二人は息子の寝顔を見ながら微笑むのだった。
隣室の江原正三(ミッキーカーチス)の部屋では、目覚めた王妃(りりィ)が孫のアスカ姫と再会を果たしていた。ただちに建国宣言の儀式が行われる。そのためには王妃の目覚めが必要だったらしい。王妃が、何やら紙に署名を済ませた。
アゼガミ「ここにJP@D-12帝国、建国宣誓を宣言する。」
立ち会ったのはアスカ姫と侍従のススジロ(佐藤乃莉)そしてヒューマノイドのモノリオD12世界で徴用されたマギ(モノリスによる知的制御)のレイパー(使用人)・江原老人や医師たちと坂井銀次(金山一彦)をはじめとするアステロイド(強制洗脳装置)を首筋に付けられた数人のレイパーたちだった。
典夫しかし、そこにアステロイドの冴木(碓井将大)がいないことに不審を感じる典夫。その表情をアスカが見出す。
アスカ「どうした」
典夫「臣下の一人、サエキがオンラインにならないのです」
アスカ「期限切れではないのか」
典夫「そうかもしれませんが予測よりは早いので」
アスカ「アステロイドの効力には個人差が生じるからな」
典夫「仰せの如くです」
しかし冴木は、ある廃墟で謎の人物と邂逅していた。
その人物は、明らかにD12世界の人間ではないことを窺わせる怪しい赤い発光現象を伴っていた。
怪人物の目は赤く光り、冴木の目もそれに反応する。
ハーデス「お前は悪い子だ。本当に悪い子だ。」
冴木「ごめんなさい。ごめんなさい…。謝って済む問題ではないけど、謝れる限り謝ります。ごめんなさい。ごめんなさい。」
ハーデス「悪い子がどうした? 善人のフリなんかして。それはいけないな。」
冴木「善人のフリなんかしてごめんなさい。いけないことしてごめんなさい。謝って済む問題ではないけど、謝れる限り謝ります。ごめんなさい。ごめんなさい。本当にごめんなさい。」
ハーデス「謝れば、何でも済むと思ってるな。悪いことして謝って、悪いことして謝って、謝るのはもうやめなさい! お前は悪い子だ。それでいいんだ。お前は悪い子なんだ。」
怪人物は、アステロイドに介入し冴木を再改造していたのだった。
翌日、岩田家にモノリオとアスカが訪問する。
「今日、ボクには所要があるよかったらアスカに付き添ってくれないか」
「それは構わないけど」
「よろしく頼む」
広一はモノリオから日傘を託されるのだった。
「アスカには紫外線が毒なので」
「さして」
仕方なく広一はアスカに傘をさしかけるのだった。
二人は高貴なものと召使のように田園風景の通学路を歩んでいく。
広一「山沢と君はいとこ同士なんだろ?何であんなに主従関係がはっきりしてるの?」
アスカ「おかしいか?」
広一「おかしいっていうか、変わってる。」
アスカ「前世を信じるか?」
広一「前世?」
アスカ「リインカーネーション?」
広一「あぁ…あんまりかな。」
アスカ「前世で彼は私のしもべだったのだ。」
広一「嘘!」
アスカ「たわけ。冗談だ。」
学校に着いた二人。だが、アスカの上履きが見当たらない。
アスカ「上履きがどこにあるか分らぬ」
広一「え?」
アスカ「靴をふき清めればよかろう」
広一「・・・」
アスカ「ふいて」
広一「えええ」
仕方なくティッシュ・ペーパーでアスカの靴底をぬぐう広一。二人をみどりが見ていた。
みどり「どうしたの」
広一「山沢に頼まれた。あの子にはまいるよ」
アスカ「広一」と呼ばれ傅く幼馴染に胡乱な視線をそそぐみどりだった。
みどりにもようやく事態がただのロマンチックな出来事にすぎないと言いきれないことが薄々分かり始めていた。
江原家では、王妃が食事中だった。
王妃「これは何と言う料理か」
銀次「こちらは親子丼と言いまして、子の卵と親の鶏肉を合わせたものです」
王妃「「母親と子供が混ざっておるのか。 うっ!悪趣味だ!このようなものは、妾の口にあわぬ」
銀次「申し訳ありません」
親子丼を食べず嫌いする王妃だった。どうやら帝国の上位に位置するものは無能で気位だけが高いようだ。
D8世界の滅亡の原因は洗練されていない階級社会における階級闘争の激化なのではないかと思わせるものがある。喫茶店でモノリオと善後策を検討するアゼガミとスズシロにもその傾向がある。
典夫「アステロイドの在庫は既になく、追加で兵隊を確保できません。モノリスの追加もない以上は、今後は地道に人民を集めていくしかないものと思われます。」
スズシロ「もう…姫はもう、助からんということか?」
典夫「いいえ。希望は捨てたくありません。」
アゼガミ「希望? ハハハハハ…。笑わせるな!ヒューマノイドのくせにそんな言葉を軽々しく吐くでない。」
典夫「申し訳ございません。」
スズシロ「モノリスのせいで、D-8世界は滅んだというのに、私たちは今、そのモノリスを失っていく恐怖を感じているのね。」
授業は終わり、下校の時間になっていた。その時、雨が空から落ちてくる。
アスカ「雨だ。これでは帰れない。」
広一「どうして?」
アスカ「皆はどうして雨の中を帰れるのだ?(モノリスを出して雨について調べた)お~これは驚いた。」
広一「どうした?」
アスカ「この雨はきれいなのか。」
広一「傘ぐらいさせよ。もうわけわかんないよ、君。」
アスカ「ささなくてよい。」
アスカ「余計なことはするな。私は今、雨を楽しんでいるのだ。」
広一「だって、風邪ひいちゃうじゃん。」
アスカ「クチャン」
広一「ほら~。」
とにかく二人は雨に濡れて帰宅した。
広一「それじゃこれで」
アスカ「待て、濡れたままではないか」
広一「だから言ったじゃないか」
アスカ「私は濡れたまま。どうにかせよ。」
広一「はぁ?」
アスカ「はぁ?じゃなくてハッ!」
広一「ハッ!ってこれ奴隷じゃん・・・」
仕方なくアスカを家に招き、風呂に入れる広一だった。広一の中でアスカは妹の生まれかわりだった。しかし同級生でもあった。それゆえ更衣スペースで脱衣し始めたアスカに慄くチェリーボーイの広一だった。
アスカ「なぜ出ていくのか」
広一「いや無理だから。湯船に湯がたまるまでシャワーを使えばいいよ」
アスカ「使い方が分らぬ」
広一「シャワーのない世界ってどんな世界なんだよ」
広一は、母親の衣服を物色した。
広一「まさか、母親の下着を物色することになるとは…。姫、替えの衣類をここに置いておきます」
アスカ「狭い風呂じゃが、これは極楽じゃな」
アスカは入浴を味わった。
アスカ「水源が汚染されていないというのは贅沢の極みじゃ」
アスカは自分の裸身を眺めた。教養にあふれたアスカが自分の内に潜む障害に気がついていないはずはなかった。その視線には余命を図る意図が示されている。入浴を終えたアスカは一度、江原の部屋に戻る。そこでは拠点の確保について話し合いが行われていた。
「私たちが働いてもう少し広い部屋をご用意します」と進言するアステロイドの坂井。
しかしアゼガミとスズシロの顔には、軽侮の表情が浮かぶ。
アゼガミ「お前たちの稼ぐ金で王宮が築けるものか」
スズシロ「アゼガミ様、あまり無理を申されても」
そこでスズシロはアスカの帰宅に気がつく。
スズシロ「これはアスカ様、本日のご夕食は何時にいたしましょうか」
アスカ「よい夕食は広一の家でとるそれよりモノリオ、ともに参れ」
典夫「どちらに」
アスカ「広一の家じゃ」
モノリオとアスカが広一の家を訪問すると同時に江原家には冴木が来襲していた。
そうとは知らずに食後の団欒を岩田親子と過ごす二人。アスカは不思議な物質を披露する。
広一「アスカが昔、山登りした時に見つけた石なんだって。」
亨「いやあ…こんな石、見たことない。」
君子「何が珍しいの?」
亨「え? いや、重さがないんだよ。だから、ほら。」
君子「石じゃ、ないでしょう。」
亨「いや…。硬さ的には、ちょっとした、宝石並みだよ。ちゃんと調べてみないと、何とも言えないが…。あ~!カーボンナノチューブの類なのか…。」
アスカ「おもしろいでしょ?」
亨「それ、ちょっと預からしてくれないかな?」
アスカ「ダメです。私の宝物なんだから。」
君子「ごめんなさいね。こういうの見ると、子供みたいになっちゃうのよ。」
広一「それにしても不思議な石だよな。」
アスカ「広一もこれが欲しいか?」
広一「いやいや…君の宝物をもらうわけにはいかないよ。」
アスカ「私と結婚してくれたらお前にこれを託してもよい。フフフッ…典夫、見たか? この者たちの顔を。フフッ。」
広一「やめてくれよ、そんな冗談。」
君子「でも、アスカちゃんみたいな可愛い子がお嫁さんになってくれるんだったら、私は嬉しいな。」
亨「そうだな。この石がもらえるんだったら、結婚してほしいな。」
広一「え? そこ?」
亨「え?」
典夫「・・・アスカ、そろそろおいとましましょう」
岩田家を辞したアスカに意見をするモノリオだった。
典夫「なぜあのようなことを?」
アスカ「彼が科学に詳しいというから。彼らの文明のレベルを見てみたかったのだ。」
典夫「マルスの結晶を、この地の者に見せてはなりません。」
アスカ「案ずるな。私たちですら、マルスの発見から現在まで200年もかかったのだ。見たであろう? 重さがないと驚いていた。重さがないのではないということに気づくまでに50年はかかる。」
典夫「ともかく、接触は厳禁です。」
アスカ「モノリオ。私に命令するな。」
しかし江原家では、非常事態が起っていた。
典夫「これは…」
「冴木が襲ってきた」と腹部を押さえるアゼガミ。
典夫「王妃様は」
アゼガミ「ご無事だ」
アスカ「おばあさま」
アゼガミ「しかしスズシロが冴木に拉致された」
典夫「スズシロ様が」
アゼガミ「やはりあの者は、モノリオが言ったように何者かにコントロールされたようだ」
典夫「・・・」
アゼガミ「追え!」
モノリオは追跡を開始した。
マルスとは戦争の神アレスの別名である。その成果であるモノリスは、最初から忌むべき神の名を与えられていたのだった。
モノリオは、アステロイドの残す痕跡を追尾する。廃墟で冴木は、失神したスズシロに語りかけていた。
冴木「この女ムカツクな~!まるで小学校2年生の担任の三枝愛子先生のようで、ムカツク。三枝愛子先生はいつも僕のことを優しいまなざしで見つめてくれた。そして僕のことをとても優しい心の持ち主だと言ってくれた。その心をいつまでも大切に持っていなさいと。でも僕はそんないい子じゃなかった。
虫を捕まえては片っ端から殺していたよ。カブトムシの角は折るためにあったし、バッタの太い脚は、もぐためにあった。ある日、三枝愛子先生は僕の両親のことをみんなの前でこう言ったんだ。冴木君のご両親は、とても優しそうな素敵な方でしたよ、と。それは嘘だ。母を殴るのに何のためらいもない父と、そんな父の悪口を近所のおばさんに告げ口するのをはばからないような母だった。その時僕は子供ながらに思ってしまった。この人は現実の世界が本当はもっと残酷で寒々としたものなのに、そこから目を背けて子供が砂場でおままごと遊びでもするかのようにこの世界を見ているだけなのだと。でもそれは間違っていない。そんな風に見られたら、どんなに素晴らしいだろう。三枝愛子先生は身をもって僕にあることを教えてくれたんだ。世界は自分が決めればいいってね。自分が思い込んだ世界こそが自分の世界であって、それは他人に決めさせるものではないんだ。僕に手足をもがれた虫は、言葉を喋れたら、僕に、ありがとうと呼びかけるかもしれないじゃないか。」
典夫「君は悪い子じゃない。三枝愛子先生は間違ってないよ。」
冴木「三枝愛子先生は間違っていないよ。だから僕は彼女が教えてくれたように生きる。」
典夫「幼少期のトラウマが噴き出している。先生は間違ってない。君は本当に、優しい心の持ち主なんだ。ただ、それを表現できるか歪んでしまうかは、また別の問題なんだ。」
冴木「アハハハハハ…。イライラするなぁ。ちょっと違うんだけど。僕の言ってることと。」
冴木は、人間以上の速度でモノリオにつかみかかった。片手でモノリオをつるしあげる。
冴木「どうだ、俺の力も捨てたものじゃないだろう?それともお前が弱いのか?」
典夫「誰が君にその力を与えたのだ」
冴木「これが本当の俺だってことだよ」
冴木はモノリオを放り投げ、モノリオは飛ばされて床に激突する。
冴木「はははお前は、その程度じゃくたばるまい」
モノリオは、ゆっくりと起きあがる。
冴木「しかしこれはどうかな」
冴木は腕から赤い光を放ちはじめる。
「それは」初めて表情を変えるモノリオ。
冴木「俺の本当の力を」
しかし、そこで冴木は倒れ伏す。
典夫「本当にアステロイドの限界が来たのか」
モノリオはつぶやく。
典夫「こんなことができるのは政府軍の工作部隊の残党か」
天井から様子を窺っていた怪人物は、撤退を開始していた。
ハーデス「くそ!惜しい所で…しかしモノリスも不足しているし結局、自分で手を下さなくてはならぬのか」
そこで怪人物は吐血する。
ハーデス「ふ、しかもタイムリミットは近い」
D12世界にD8世界の戦乱が飛び火したらしい。
【用語解説】
マルス・・・D-1にどこからかもたらされたとされているが、その起源は詳しくは分かっていない。生物であり鉱物。固体であり液体。動物と植物の特性を併せ持つ、人間より高い知能を持つ物質。レアメタルのようであるが、ゆっくりではあるが増殖し、分裂する。更には反重力を持ち、自ら移動する。重さがないように見えるのはこのためである。しかも、時空間移動する物質であり、エネルギーを生み出す。D-8世界では、マルスの発見から約200年でマルスは人類の中心的エネルギーとなった。
フィボナッチ数列・・・自然界に多く見られる数列で、その例として
1:「花の花弁の枚数が3枚、5枚、8枚、13枚のものが多い」
2:「ひまわりの種の並びは螺旋状に21個、34個、55個、89個・・・となっている」
3:「植物の枝や葉が螺旋状に生えていくとき、隣り合う2つの葉のつくる角度は円の周を黄金比に分割する角度である」などがある。
パイナップルや松ぼっくりの配列がフィボナッチ数列となる。
第九話終わり