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SUMMER SUSPICION
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ふたりの夏物語

この曲を作曲した林哲司によると、わずか3日間で曲を完成させたという。当時、林はあらゆるアーティストの楽曲の制作などの作業に追われていた中、オメガトライブのJALのTV-CMのタイアップが決まり、1日でも早く仕上なければ行けない状況になった。関係者から「Only You~君にささやくふたりの夏物語」という一節だけがキャッチコピーとして渡され、ただちに作詞の康珍化とともに楽曲の制作に入ると、わずか1日で曲を書き上げたという。こうして曲が計2日で出来上がると、当時全国ツアー中だった杉山らメンバーをツアーの合間を縫って帰京させて1日でレコーディングを済ませるという早業で完成させてしまった。林は「わずか3日間で仕上た曲がオメガの最大のヒットになっちゃったんだから分からないもんだね」と自らのHPの中で語っている。
杉山清貴も「突貫工事的な作業であり、九州から東京の飛行機の中で歌詞を覚えた」と番組に出演した際に語っている。TBS『ザ・ベストテン』の1985年度の年間ランキングでは第2位にランクインした。
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サイレンスがいっぱい

ギターの吉田健二が脱退し、5人編成になり初めて制作された作品。日本テレビ系列ドラマ『のン姉ちゃん・200W』主題歌に起用された。杉山清貴&オメガトライブのシングルでは唯一オリジナルアルバムに未収録であり、ベストアルバム『SINGLE'S HISTORY』にて初めて収録された。
この曲は、本当に胸がグッときます。何か詩が切ないんですよね。青春の甘酸っぱい香りがします。
トランペットの音が絶妙な箇所で鳴り、涙腺が刺激されます。
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さよならのオーシャン
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最後のHoly Night

ザ・ベストテンで累計4週1位を獲得し、彼の代表作となった。リリース当初はJALのキャンペーンソングとして使われ、その後円谷プロのCMソングとして起用された。 X'MAS ALBUM「Listen to my Heart」、「Heaven's Shore」に別バージョンが収録されており、シングル「最後のHoly Night'96」のカップリングには「LAST HOLY NIGHT~English Version」として英語バージョンが収録されている。
ちなみに最初に手にした一眼レフがこのMINOLTA α-7000でした。とても思い入れのあるCMです。
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水の中のAnswer

次作「SHADE~夏の翳り~」のカップリングには、本曲のロングバージョンが収録されている。
ダイドードリンコ「ジョニアンコーヒー」CMソングで、CMでは本人が出演している。CMはハワイで撮影したもので、壁に一人キャッチボールしているシーンが流れる。 撮影の前夜、ホテルで大好きなビールを飲み過ぎて、下痢で苦しみながら、トイレに行ってもしばらくすると余波がきてつらかった・・・と1987年コンサートツアーのMCで語っている。
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君は1000%

カルロス・トシキは、ブラジル南部にあるパラナ州マリンガ出身。1982年に来日し、CARLOS名義でソロのシングル盤「ルシア」でデビューする。1985年、社長の急逝による所属事務所の廃業に伴い、インディーズとして活動するなか、音楽プロデューサーであり芸能事務所「トライアングルプロダクション」の経営者である藤田浩一にデモテープが届き、同事務所と契約。当初はソロでの活動を予定していたが、杉山清貴の脱退が決まっていたオメガトライブの後任ボーカルを探していた藤田はカルロスの歌声を聞き、有力候補としてレッスンを受けさせる。新生オメガトライブのボーカルとして内定し、さらにボイストレーニングに加え日本語の勉強なども施して、1986オメガトライブのデビューにいたった。初のTV出演は『おはようスタジオ』で「小鹿のバンビ」をア・カペラで歌っていた。バンドデビュー後は「君は1000%」などのヒット曲を次々とリリース。歌番組においては、ステップを踏みながら歌う姿が特徴的であった。
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Super Chance

この曲が1位になったのを記念して、「ザ・ベストテン」ではカルロスの好物であるピラニアの天ぷらを出し、『夜のヒットスタジオ』ではカルロスに内緒で両親を日本に招待、番組内でカルロスが両親と電話で話をした後に、両親がカルロスの目の前に現れる、というサプライズ企画を行なった。
カップリングの「Navigator」は1stアルバムの同タイトル曲からのシングルカット。メンバーが製作した楽曲がシングルに初めて収録された。アルバムに収録されているバージョンがそのまま収録されている。
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Cosmic Love

アルバムは、1989年に発売された『BEST REMIX』にリミックスバージョンで収録されたのが最初で、オリジナルバージョンは1991年発売の『OmegaTribe History:Good-bye OmegaTribe 1983-1991』に初収録された。1987年に発売された『DJ SPECIAL』には、オリジナルバージョンにイントロとエンディング部分にDJの音声付で収録された。
カップリングの「I'll Never Forget You」は、2枚目のアルバム『Crystal Night』に収録された。
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アクアマリンのままでいて

フジテレビ系ドラマ『抱きしめたい!』のオープニング曲。これより前に発売されているシングルよりも売上枚数は良くないが、カルロス・トシキ&オメガトライブに改名後の代表曲として広く認知されている曲であり、改名前の「君は1000%」と並ぶ代表曲として知られている。そのため、他社から発売されたオム二バスアルバムでは、カルロス・トシキ&オメガトライブ限定の曲の中では多く収録されている。オリコン及びランキング番組で上位10位以内にランクインされたのは、この曲が最後となった。
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ハートブレイカーは踊れない
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Shadow Dancer
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Night of Summerside

作詞:売野雅勇/作曲:NOBODY/編曲:新川博/歌:池田政典
TVアニメ きまぐれ オレンジ☆ロード 1st.season オープニングテーマ 「NIGHT OF SUMMER SIDE」の貴重プロモーションビデオ発掘!今はサスペンス物の役者で活躍している池田政典さん。当時はカッコよかったです。
Night of Summersideは、きまぐれオレンジロードの代表的な曲ですね。今でも好きです。80年代っぽいサウンドがいいですね。まだデジタル的な楽器が出てこない時代でした。

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Kimagure Orange Road 1

これはまつもとの担当だった高橋俊昌の好みと編集方針が、まつもとの持つポップ志向と合致したためである。高橋は当時の『週刊少年ジャンプ』において鳥嶋と並んで数少ない反硬派路線の推進者であった。本作はたちまち人気を博し当時大ブームだったラブコメを好む読者を『ジャンプ』へ引き付けることに成功した。 連載中の画力の向上から、第1巻~18巻までで絵が大きく変わっているのも本作の特徴である。
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Kimagure Orange Road 2

単行本化にあたってはかなり加筆修正されている。特に最終巻、最終話は大幅になされている。さらに愛蔵版発行時にも加筆修正されており、連載時、JC(ジャンプコミックス)時、愛蔵版以降は最終回が全て違っている。愛蔵版や文庫版では連載より年月がすぎた時の加筆修正であるため、絵柄がかなり異なっている。
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Kimagure Orange Road 3

真っ赤な麦わら帽子
全編を通して、恭介とまどかの思い出となる、麦わら帽子。まどかにとって、初恋の人にもらった大切なものであり、恭介にとって、まどかとの出会いを象徴する帽子である。
100段階段
本シリーズの最初と、最後に描かれた階段。実在するのかは明らかにされていない(100段をやや超える似た外観を持つ階段は横浜市緑区と保土ヶ谷区の区境に実在するが関連は不明ではある。しかしながらOVA第2話で、鮎川家の住所は神奈川県横浜市という描写あり)。ジャンプビデオの特典映像には、原作者のまつもと泉の原稿の仕事風景のイメージビデオが挿入されているが、階段のイラストの原稿のとなりに参考にした階段の写真がある。
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ピップフジモト ダダン

日本で知名度が上がったきっかけは1990年代前半に放映されたピップフジモト(現 ピップ)の栄養ドリンク「ダダン」のCMだった。「ダ・ダーン! ボヨヨン、ボヨヨン、ダ・ダーン!」の台詞とともにポール牧の振り付けで胸を揺らして、強烈な印象を残した。この「ダダーン ボヨヨン ボヨヨン」は流行語にもなり、1991年の新語・流行語大賞の大衆部門・銀賞を受賞した。
これを機に日本の各団体がオファーを送り、1991年にFMWへ初来日を果たした。 FMWでは工藤めぐみとのシングルマッチや、コンバット豊田とのブルロープデスマッチなどで話題となる。
滋養強壮の栄養ドリンク「ダダン」のCMは、ジャングルの中の滝壷のような場所で、女子プロレスラーレジー・ベネットが水着姿で「ダ・ダーン! ボヨヨン、ボヨヨン、ダ・ダーン!」(当時の流行語になった)と言いながら、自分のバストを揺さぶるというものだった。元々関西ローカルのCMだったが、笑福亭鶴瓶が「鶴瓶上岡パペポTV」(読売テレビ)で「何やあのCMは!」と喋ったことから話題になり、後に全国で流れるようになった。ちなみに、このセリフと振り付けの発案者はポール牧である。
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アスパラドリンク

1991年2月に来日。1998年の全日本ボディビル大会で3位入賞。1999年より放送された田辺製薬(現、田辺三菱製薬)「アスパラドリンク」のテレビCMで、ボディビルで鍛え上げられた筋肉隆々の体格に、たれ目でおかっぱ頭姿の「アスパラマン」を演じ、「一本いっとく?」の台詞とともに一躍人気者となった。芸名の「ハニホー・ヘニハー」は、映画監督の石井克人が同CMの監督を担当した際に命名したものである。
その後は俳優として映画『RUSH!』などにも出演するが、就労ビザを持たずに観光ビザのみで来日し、3ヵ月後にビザが切れた後も11年間にわたり不法滞在し、そのまま芸能人として就労し続けていたという事実が発覚する。2002年7月13日、出入国管理及び難民認定法違反の疑いで逮捕され、同年9月に行われた裁判で懲役2年8ヶ月・執行猶予5年の有罪判決を受けた。その後日本人女性と結婚。滞在が認められ現在も日本で暮らしており、コミックマーケット等に参加しているようである。
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UCCコーヒー

レギュラーコーヒー豆はもちろんだが、1969年に世界初のミルク入り缶コーヒー、「UCCコーヒーミルク入り」(現「UCCミルクコーヒー」。別名「UCCオリジナル」)を発売したことでもその名を知られている。
自社のコーヒー農園を展開しており、1981年にジャマイカでブルーマウンテンの農園を開設。1989年にはアメリカ合衆国ハワイ州ハワイ島でコナコーヒーの農園を開設させた。さらに1995年にはインドネシアスマトラ島でマンデリンの農園を開設している。ブルーマウンテンコーヒーの直営農園は同社が初めて。
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キーコーヒー

東京都に本社を置き、全国に展開する日本のコーヒー豆および海外におけるコーヒー農園事業・関連商品製造・販売会社である。具体的な事業内容については「海外におけるコーヒー農場事業から、コーヒーの製造、販売ならびにコーヒー関連事業経営に至る までのコーヒーに関する総合企業」と称している。企業理念は、”コーヒーを究めよう お客様を見つめよう そしてくつろぎのひとときを提供し、豊かな暮らしづくりに貢献しよう”である。
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