刺繍の技術は、伝統的には母から娘へと受け継がれていく女性の仕事だったといいます。アイヌの男性は年頃になると、自ら文様を刻んだマキリ(小刀)を持って女性にプロポーズします。そして女性は、自ら刺繍を施したテクンペ(手甲)を愛しい男性に贈るのです。
刺繍に見られる美しい模様はモレウ(渦巻紋)アイウシ(棘紋)シク(目紋)などの基本モチーフを組み合わせて構成されます。それぞれの文様が具体的に何を表すのかについては議論が残りますが、一般的には自然事象の抽象化だとされています。水の波紋や、炎、風のうねりなどです。
アイヌ文化では、森羅万象にカムイ(神)が宿るとされています。大自然の営みの中に自らを組み込むようにして生きてきたアイヌ民族は、自然事象の変化や、自然が持つ人智を超えた力に非常に敏感でした。
文字を持たなかったアイヌ民族は、口承文学や、歌、踊り、刺繍や彫刻などの手仕事によってカムイとアイヌ(アイヌ語で「人」の意味)の世界の関わりを表現してきたのです。