異次元世界D-8からやってきた王女アスカ(杉咲花)は放射線傷害による「死」を受容する。残された時間を楽しく過ごすことがその望みだった。山沢典夫こと王族護衛官の人間型ロボット・モノリオ(本郷奏多)は、その望みを叶えるために全力を投じるのだった。
休日、SF研究会部の鈴木(戸塚純貴)や太田(椎名琴音)とともに自主制作映画の撮影を公園で行っていた岩田広一(中村蒼)であった。
アスカからヒントをもらって脚本を書いた太田は自分がヒロインとしては役不足だと感じ、広一にアスカとみどり(桜井美南)の出演依頼をおねだりする。
広一「じゃ、連絡してみるけど」
広一がみどりに連絡すると、みどりはモノリオとアスカとともに公園でピクニックしていた。
合流した広一は、アスカの作ったサンドイッチを食べる。
アスカ「どうじゃ」
広一「おいしいよ」
アスカ「あれからいろいろ考えたであろう。考えさせてしまって申し訳ない。私も考えた。そして思った。せっかく訪れたD-12世界だ。一日一日を悔いなく楽しく生きたい。」
広一「うん。」
SF研究会部の太田くみが、手で写野を囲みながらみどり達に近づく。
みどり「ん?」
くみ「その表情、しかもこの景色。ああ、いい!」
拓郎「先輩!何サンドウィッチなんか食ってるんすか!」
広一「あ、いや…。」
くみ「皆さんにお話してくれたんすか?」
広一「あ、いや…。」
みどり「なになに?」
広一「映画に出演してほしいんだってさ。みんなに。」
みどり「え~やだよ。」
アスカ「映画?」
くみ「皆さん全員にです! はい、これ台本です!」
アスカ「なぞの転校生?」
くみ「ある日、平凡な暮らしをしている白鳥コウイチと四万十川みすずのクラスに、なぞの転校生、下北沢ユウトが転校してくるんです。一見普通の転校生なんですが、実は、別なパラレルワールドからやってきた異次元人。更にもう一人転校生がやって来るんですが、これが、異次元のお姫様。」
アスカ「よく考えたな!」
くみ「考えました!」
アスカ「ついでにその、下北沢なる転校生が、アンドロイドだったというのはどうだ? その身を挺して姫を守るのだ。」
くみ「そのアイディアいただき!」
アスカ「ついでにその物語すべてが、アンドロイドの夢だったというのはどうだ?」
くみ「アンドロイドって夢見るんですか?」
アスカ「SFってそういうもんじゃないのか?」
広一「確かに。」
みどり「でもなんか素敵! アンドロイドが夢を見るなんて。」
みどりもアスカもノリノリで出演依頼を承諾するのだった。
なぞの男子転校生とみどりのシーン。
みどり「ねぇ、山沢君。私、山沢君のこと…。」
典夫「僕は、アンドロイドなんだ。」
みどり「なにそれ? からかうのはやめて。」
典夫「アンドロイドだって夢は見る。でもそれは、君たちのように眠っている間にすることではない。今この瞬間にも、僕の頭の中では、情報の整理整頓やバグの修復がめまぐるしく行われていて、それを僕らは、アンドロイドの夢という。」
「未来に夢を描くことだってできる。たとえば、世界がずっと平和でありますように、とか。でもこれは夢じゃない。単なる言葉だ。僕の頭の中にあるAIが、状況に応じて機械的に繰り出してくる言葉にすぎないんだ。だから、僕の話す言葉は単なる言葉であって、すべて嘘なんだ。」
みどり「そんな話、信じられないよ。」
典夫「本当さ。この本当さという言葉。この本当さという言葉、というフレーズ。この本当さという言葉、というフレーズ、というセンテンス。こうして喋っていること自体が、プログラムなんだ。何を言われても、どんな目に遭っても、自分がどんなに悲しい思いをしても、苦しい思いをしても、つらい思いをしても、嬉しくても、楽しくても幸せだと感じても、それは本当の感情ではなく、プログラムされた結果のリアクションであり。悲しい、楽しい、嬉しい、苦しいという思いを、いくら心の中に抱いても、そこに心はなく。そういう言葉を、AIがケースバイケースで判断し、選択して音声化しているだけなんだ。君はきっと、僕のことが好きなんだろう。そんな君を前にすると、僕も君のことが好きな気がしてくるし、何か胸がどきどきしてくるし、愛してるという言葉を使ってみたくなるし、君を抱きしめたくなるし、キスしてみたくなる。」
みどり「それだけのことを感じるなら、人間と同じよ。あなたには心があるのよ。」
典夫「僕には心臓もない。だから、胸がドキドキするって言ったら、それは嘘なんだ。でも、AIはそういう嘘を思いつき、僕に喋らせようとする。」
みどり「私、好きな人がいたんだよ。でも、山沢君に会ってから、あなたのことが気になってしかたないの。初めて会った時、あなたが弾いてくれたピアノの曲を聴いたときから。」
典夫「ショパンの、雨だれ。」
みどり「あのときから…。」
典夫「それは僕も同じだよ。あの時から…いや…。日曜日に君から花をもらった時から、君のことが、忘れられなかったよ。」
みどり「覚えててくれたの?」
典夫「もちろん覚えてる。忘れるわけがない。ああ…ダメだ。結局、つまり僕は、君の言葉を聞いて、こういうふうに答えるようにしか、できていないのです。」
みどり「私だってあなたにそんなふうに言われたら、こんな気持ちになるようにしかできてません。」
みどり「…人間だって嘘くらいつくわ。風が気持ちいい。」
典夫「…うん。」
太田くみが天才的な脚本家と言うよりは、みどりと典夫のアドリブだと思った。これも全てセリフなのだが、よく長いセリフを澱みなく言えるものだと思った。
なぞの女子転校生と広一のシーン。すでに公園は、夕闇に包まれ始めている。二人は劇中カメラに背をむけて、本編カメラ目線で語りだす。
アスカ「短い間だったけど、ホントにありがとう。見よ。この美しい世界を。我らの世界も…我らの世界も、かつてはこのように美しい惑星だった。」
くみ「さあ、ここでギュッと岩田先輩がアスカ先輩を抱きしめる!」
アスカ「ホントに美しい景色だ。この世界にはショパンがいない。かつて我らの世界で存在した作曲家だ。美しいピアノの旋律をいくつも書いた。D-12世界ではショパンを聴くことはできないが、我らの失ったものが数多く残る世界だ。」
「でもこの世界も、いつまでもつかはわからない。この世界にはモノリスがない。だから我らのような滅び方はしないかもしれない。プロメテウスの火を見ることもないかもしれない。」
「けどまだ不安は拭いきれない。文明とは、人類とは、思ってるよりも、脆いものなのだ。この世界の人類も、いつかはこの星から消えることもある。だからこそ、大切にしてほしい。この星を。仲間を。友達を。」
くみ「アスカ先輩、すごいアドリブ。」
アスカ「広一!」
アスカは、許嫁のナギサのアイデンティカの胸で泣くのだった。
アスカ「まるで夢のようじゃ」
滅んだ世界のたった一人の生存者はつぶやいた。
二人の抱擁をこっそりとモノリオと手をつないだみどりは、複雑な表情で見守るのだった。そして撮影は終了した。
高校生たちと二人のなぞの転校生は、それぞれの思いを胸に同じ方向の家路につくのだった。
翌日、広一とみどりは担任の大谷先生(京野ことみ)から典夫とアスカが別れの挨拶もなしに転校して去ってしまったと告げられる。すべては、一瞬の夢だったように彼らは去った。
・・・それから一ヶ月後、みどりはようやく夢から覚めた気分になるのだった。それは学校の帰り道だった。
みどり「広一くん。明日、二人でどこかへ行きたいな」
広一「いいね」
下校する二人は、公園のベンチに座る江原老人(ミッキー・カーチス)を発見する。
広一「江原さん、おじいさん」
江原「どちらさまですか?」
広一「???」
そこへ老人ホームの職員がやってくる。
職員「江原さ~ん。ここにいたのね。あら?あなたたちは?」
広一「僕は江原さんの部屋の隣に住んでいるものです」
職員「まあ!江原さん今は施設に入っているんですよ」
広一「そうなんですか」
その時、江原の目に一瞬の知性が蘇る。
江原「おい、あの二人頼むよ」
広一「え?」
江原「あの若い二人だよ」
広一「二人って」
しかし江原の知性は、時空の彼方に消えていった。
翌日、広一は寝坊して母親(濱田マリ)に起こされる。幼馴染のみどりは、すでに居間でくつろいでいるのだった。
広一「ごめんすぐに支度するから」
みどり「そんなにあわてなくても大丈夫よ」
微笑むみどりだった。
部屋を出たみどりの視線は隣室へ注がれる。みどりと広一は岩田家のドアの前に立つ。
広一「何か音がしなかった」
みどり「え?」
広一「中にいるんじゃ?いや上だ、屋上で変な音がする」
二人は階段を駆け上がる。
そして屋上には異次元空間へと通じる白い光のゾーンが開きかけていた。
現れたのは、広一の父親の亨(高野浩幸=二役)によく似た男である。
しかしその装束は、異世界の住人であることを示すものだった。
続いて姿を見せる広一のクラスメートのアイデンティカ。
「あ、この方は」
「ナギサ様のアイデンティカだ」
その言葉に男たちは、広一に恭しくお辞儀をするのだった。
広一「親父、何やってんだよ?」
岩田「混乱させて、申し訳ない。私はあなたの父親ではない。D-8世界は、滅びました。」
才蔵「我々は、D-15世界の人間なんです。」
春日「私たちは、D-15世界からやってきた、次元調査団のメンバーです。彼が隊長の…」
岩田「岩田広一です。」
広一「岩田広一?」
みどり「岩田君と同じ名前。」
岩田「名前だけじゃない。僕は、君のアイデンティカなんです。こんな年に差があっては、見間違えるのも、無理はない。」
春日「あなたも将来、こういう顔になるということですよ。」
広一「えっ? えっ!?」
才蔵「この世界を選んで、王家を誘導したのも我々なんです。今は、D-21世界を調べている所です。」
大森「かなり奇妙な世界ですからね。あそこは。」
岩田「本当は、我々のふるさとである、D-15世界に、お連れしたかったのですが。次元移動とは、そう単純にはいかないものですから。現に我々が到着するのも、こんなに遅れてしまった。」
才蔵「下の部屋を見させてもらっていいか?」
広一「鍵がない。」
才蔵「鍵なんかいらない。」
二人の広一とD15世界の人々は江原家に侵入する。無人のように静まり返った室内。
もはやアスカの生命は失われてしまったのかとムーくんが諦めた時、アスカの寝室にモノリオがひっそりと佇む姿が見える。
才蔵「誰かいるのか?」
広一「山沢!」
「典夫くん」と思わず叫ぶみどり。
ペッドには、瀕死のアスカが包帯だらけの無残な姿で横たわっている。
みどり「2人はずっとここにいたの?」
広一「なんでだよ? なんでずっと黙ってたんだよ?」
典夫「姫がそうしろと、お命じになられた。」
才蔵「姫のご容態は?」
典夫「もうダメです。打つ手はない。」
才蔵「DRSは? 試したのか?」
典夫「動かすためのモノリスがない。」
才蔵「モノリスならあるぞ。D-15世界に行けば。」
典夫「えっ?」
岩田「そのために、我々は来たのだ。オペに必要な量は?」
典夫「200テラぐらいあれば。」
才蔵「そんなの楽勝だ。」
みどり「ねぇ、どういうこと? アスカは助かるの?」
岩田「大丈夫だよ。」
「よかったわね」とみどりは、モノリオに飛びつくのだった。
包帯から覗くアスカの瞳からも涙がこぼれる。
しかしモノリオは泣けない。
岩田「さあ行こうか・・・」
担架を待つ間にD15世界の広一は、D12世界の広一とみどりに語りかける。
岩田「山沢といったか・・・あのモノリオは。」
みどり「山沢典夫です。」
岩田「その名は、我が友の名だ。D-6世界から、私たちの世界にやってきた。私たちが出会ったのも、君たちと同じような年頃だった。この世界は無限に広がっている。我々の命も繋がっている。それを知ることがいいことなのか悪いことなのか、それは誰にもわからない。一度知ってしまった我々は、もう後戻りできない。でもときどき僕は…それを知ってよかったと思う時がある。
たとえば今日だ。君たちに会えた。僕自身のアイデンティカと、我が妻のアイデンティカに。僕らの世界では、君たちは夫婦なんだよ?」
広一「えっ?」
みどり「そうなんですか?」
岩田「さて、君たちはどうなるかな?」
岩田「ミユキ。私の娘です。ほ~ら、恥ずかしがってないで、顔を見せなさい。」
ミユキ「はじめまして。」
みどり「はじめまして…。」
覆面をとったその女性は、みどりのアイデンティカだった。
みどりは自分のアイデンティカを初めて見て、信じられないような目でミユキを見るのだった。
姫の搬出が終わり、次元調査団はゾーンを超えてD-15世界に帰って行った。次はモノリオが別れを告げる。
典夫「岩田君。いろいろ、ありがとう。」
広一「また会おうぜ。」
典夫「香川さん。」
みどり「元気でね。」
そしてモノリオは、時空の彼方に消えていった。
ゾーンは閉じられ、D12世界には一陣の風と一筋の光が残された。
広一とみどりは、いつまでも空を見上げていた。
みどり「あの人にまた会えるかしら」
広一「あらゆる可能性があるし、そして世界はつながっているきっと会えるよ」
みどり「私たち結婚するのかな」
広一「それは君次第じゃないのかな」
広一はみどりを見つめ、みどりは意味深な笑みを返すのだった。
そして別世界でのゾーンの開閉によって生じた流星を発見する二人がいる。
みどり「あっ、流れ星。」
広一「何、お願いしたの?」
みどり「言わない。」
幼馴染の二人は微笑む。
リメイクされたなぞの転校生は、ここで番組が終わった。全ての謎が解けた今、自分なりの続編を考えてみたくなる。D-15世界に行った一行が待つ未来を・・・
そこには人間の山沢典夫(星野利晴:NHK版)とヒューマノイドの山沢典夫(本郷奏多:TV東京版)が会っているに違いない。D-15世界には、D-12世界の広一(中村蒼)のアイデンティカはいないかも知れない。
D-12世界の広一がいないD-15世界のアスカは治療が終わった今、何を考えているのだろうか?そして何をしようとしているのだろうか?後は、皆さんなりに物語を考えていただければ幸甚です。
1975年の「なぞの転校生」で岩田広一を演じた高野浩幸が、今回の岩田広一の父親役を演じていたのだが、単なる父親役で終わらなかった最終回の離れ業に圧倒された。異次元人として、非常に重要な役どころで屋上に現れる彼は「岩田広一」と名乗る。「D15世界から来た」と言うのを聞いて一気に感動した。D15はNHK版の舞台。その時の岩田君にまた会えた。山沢典夫の名を「わが友の名だ」と懐かしんでいた。世界はどこかでつながっているという物語のテーマが見えた。
山沢(モノリオ)との別れのシーンは、1975年版と同じ団地の屋上。広一とみどりが見送る。姫にしか示さない仕草でみどりにお別れをするモノリオがチャーミング。別れの春にふさわしい、すがすがしいドラマだった。
ちなみにコラムニストの亀和田武は、比類なき映像美と岩井俊二によって創出された、原作にはない「アイデンティカ」という設定を称賛し、また元の世界にいた時の気品を崩さない「プリンセス」然とした杉咲花の好演を評価し、不朽のSF学園ドラマであると評した。
【用語解説】
次元調査団・・・D-15世界からやって来た、岩田広一を隊長とする異次元空間を調査する組織。現在、才蔵、大森、春日愛たちのアイデンティカと共にD-21世界を調査中。
D-15世界・・・パラレルワールドのひとつ。
ここに住む岩田広一のアイデンティカは39年前に山沢典夫という異次元人と知り合った。
岩田広一は今では次元調査団の隊長となり、D-12世界の王家をサポートするほどの次元マスターになっていた。
39年前の物語についてはSF作家・眉村卓という作家が小説に残している。
第十二話終わり