『太陽の季節』の芥川賞受賞を受けて『週刊東京』誌で行なわれた石原慎太郎と大宅壮一の対談で、大宅が「太陽族」との言葉を用いたことから、夏の海辺で無秩序な行動をとる享楽的な若者(慎太郎刈りにサングラス、アロハシャツの格好をしている不良集団)を指す言葉として流行した。
本作の映画化に続き制作された、同じく石原慎太郎原作の『処刑の部屋』(1956年6月公開)、『狂った果実』(1956年7月公開)を「太陽族映画」と称して、未成年者の観覧を禁止するなどの自主規制が各地で実施され社会現象ともなった。この「太陽族映画」規制の問題は、映画業界以外の第三者を加えた現在の映倫管理委員会(映倫)が作られるきっかけとなった。問題の背景として「太陽族映画」を観て影響を受けたとして、青少年が強姦や暴行、不純異性行為など様々な事件を起こし社会問題化したことがあった。