全国各地に様々な形の神楽が伝えられているなか、安芸高田市の神楽は、出雲流神楽が石見神楽を経て、江戸期にこの地域に伝えられたと考えられます。その過程で九州の八幡系の神楽や高千穂神楽・備中神楽、さらに中国山地一帯に古くから伝わる農民信仰などの影響を受けて、現在の形態になったと言われています。その特徴は、演劇性が強いという点で、極めて大衆的な民俗芸能に発展しました。
神楽は米の収穫期に合わせた自然や神に対する感謝の祭りであると同時に、人々にとっては年に一度のハレの舞台。一年の苦労から開放されて、共に生きる喜びを分かち合う祭りでもあったのです。 氏神社を中心に神楽団を組み、神職ではなく氏子自身が神楽を舞う安芸高田市地域の神楽の形態は、その集団内の連帯と共同意識を高める役割も担っていました。安芸高田市では、今でもこの氏神社を中心とした共生社会が神楽を軸に根づいており、人間らしい助け合いを可能にする社会の基礎を形づくっています。
安芸高田市観光ナビより抜粋